1. あなたを縛っているのは、他人ではなく、自分の「〜すべき」だ
なぜか、いつも、心が、休まらない。
やるべきことに、追われている気がする。
できていない自分を、責めてしまう。
その息苦しさの正体を、探っていくと、たいてい、ある言葉に、行き着く。
「〜すべきだ」という、言葉だ。
- 毎日、きちんと、すべきだ
- 人に、迷惑を、かけるべきではない
- 休まず、頑張るべきだ
- いつも、前向きで、あるべきだ
これらのルールを、あなたに、強制している人は、いるだろうか。
たいていの場合、いない。
あなたを縛っているのは、他人では、ない。自分で自分に課した、「〜すべき」という、たくさんのルールだ。
誰に言われたわけでもないのに、あなたは、頭の中に、たくさんのルールを抱えている。
そして、そのルール通りにできない自分を、毎日、責めている。
息苦しさの原因は、あなたの外には、ない。
あなたが自分に課した、ルールの多さの中に、ある。
▼ 今すぐ、できる確認
□ 自分が、普段「〜すべき」「〜しなければ」と思っていることを、思いつくだけ書き出す
□ その一つひとつを、誰かに強制されているか、自分で課しているかを、確かめる
ほとんどが、自分で自分に課した、ルールのはずだ。
2. 「べき」は、いつのまにか増え、あなたを少しずつ締めつける
やっかいなのは、この「べき」という、自分へのルールが、いつのまにか、増えていくことだ。
なぜ、増えていくのに、気づかないのか。
それは、一つひとつの「べき」が、どれも、正しそうに見えるからだ。
「きちんとすべきだ」も、「迷惑をかけるべきでない」も、言葉だけ見れば、立派で、正しい。
だから、疑うことなく、自分のルールに、加えてしまう。
こうして、正しそうなルールが、一つ、また一つと、増えていく。
そして、ルールが増えるほど、どうなるか。
守るべきルールが増えた分だけ、それを守れない自分を責める材料が、増えていく。
ルールが十個あれば、できなかったことが、十個、見つかる。
ルールが多い人ほど、一日の終わりに、「あれもできなかった、これもできなかった」と、自分を、責めることになる。
さらに、自分に厳しいルールを課す人は、同じ厳しさを、他人にも、向けてしまう。
「自分は守っているのに、なぜ、あの人は守らないのか」と。
こうして、「べき」が多い人は、自分にも他人にも厳しくなり、どんどん、苦しくなっていく。
▼ 今すぐ、できる問い直し
□ 書き出した「べき」の数を、数える
□ そのルールが、自分を助けているか、それとも、責める材料になっているかを、考える
3. 佐藤健一が、自分を縛る「べき」を引き算するための、三つの作法
ここから、私、佐藤健一が、自分を縛る「べき」を手放すために、実際にやっていることを、開示する。
ルールを、すべて捨てて、自由気ままになる話では、ない。
自分を不必要に縛るルールだけを、見つけて、外していく、具体的な作法だ。
一、「すべき」と思ったら「本当に? 誰が決めた?」と問う
「〜すべきだ」という考えが、浮かんできたとき、私は、こう、問う。
「それは、本当に、すべきことか? そのルールは、誰が決めたのか?」
問うてみると、その多くが、誰が決めたわけでもない、なんとなくの思い込みだと、気づく。
昔、誰かに言われた言葉。世間が、そう言っている気がするだけの、空気。
「誰が決めたわけでもない」と気づいたルールは、従う必要が、ない。
そう気づくだけで、そのルールの縛りは、ゆるむ。
二、「べき」を「できたら、いい」に変える
どうしても残るルールも、言葉を、変える。
「毎日、運動すべきだ」を、「毎日、運動できたら、いい」に変える。
「べき」は、できないと、自分を責める。だが、「できたら、いい」は、できなくても、責めない。
同じ目標でも、語尾を変えるだけで、自分を縛る命令から、自分を励ます願いに、変わる。
三、他人に向けた「あの人は〜すべき」も、同じように手放す
「べき」は、自分だけでなく、他人にも、向かう。
「あの人は、もっと、こうすべきだ」という考えだ。
だが、他人には、他人のルールがある。あなたの「べき」を、相手に当てはめても、苦しくなるだけだ。
他人に向けた「べき」も、自分への「べき」と、同じように、手放す。
そうすると、他人の行動に、いちいち、腹が立たなくなる。
自分のルールから、自分も、他人も、解放してあげる。
▼ 今日、できる実践
□ ① 「すべき」と思ったら「本当に? 誰が決めた?」と、問う
□ ② 残ったルールは「べき」を「できたら、いい」に、言い換える
□ ③ 他人に向けた「あの人は〜すべき」も、同じように手放す
4. べきを手放すことは、だらしなくなることではない。本当に大切なルールだけを残すことだ
ここで、はっきりと、誤解を、解いておきたい。
「べき」を引き算する、と聞くと、こう思うかもしれない。
「ルールを、全部捨てて、無責任で、だらしない人間に、なれということか」と。
違う。まったく、逆だ。
この媒体で繰り返し伝えてきたことを、もう一度、書く。
引き算とは、大切なものまで、捨てることでは、ない。「べき」を引き算するとは、自分を不必要に縛る過剰なルールを削って、本当に大切なルールだけを、残すことだ。
あなたが、本当に大切にしたい、自分の核となるルール。
たとえば「人を、傷つけない」「約束は、守る」。こうしたものは、手放してはいけない。残すべきだ。
引き算するのは、そこではない。
削るのは、誰が決めたわけでもなく、守れなくても本当は困らないのに、ただ自分を責める材料になっている、過剰なルールのほうだ。
大切なルールは、残す。自分を不必要に縛るルールは、手放す。
この二つを、はっきり、分ける。
過剰なルールを減らすからこそ、本当に大切にしたいルールが、際立って、守りやすくなる。
▼ 今、できる問い直し
□ 書き出した「べき」を、二つに分ける
□ 「本当に大切な、核となるルール」と「ただ自分を責めるだけの、過剰なルール」に
5. 結論:「べき」を減らした分だけ、あなたは呼吸が、楽になる
最後に、ひとつ、覚えておいてほしい。
あなたを縛り、息苦しくさせているのは、他人でも、環境でも、ない。
自分で自分に課した、たくさんの「べき」だ。その「べき」を減らした分だけ、あなたの呼吸は、確実に、楽になる。
- あなたを縛っているのは、他人ではなく、自分の「べき」だ
- 「べき」は、正しそうに見えるから、いつのまにか増えていく
- 引き算するのは核となるルールではなく、自分を不必要に縛る過剰なルールだ
あなたに必要なのは、もっと頑張ることでも、もっと自分を律することでも、ない。
ただ、自分を縛っている「べき」を、一つずつ、手放していくことだ。
──最後に、ひとつだけ、約束してほしい。
今、あなたを縛っている「〜すべき」を、一つだけ、思い浮かべてほしい。
そして、その語尾を、こう、変えてほしい。
「〜すべきだ、ではない。〜できたら、いい」
そう、心の中で、言い換えてほしい。
たった一つの「べき」を「できたら、いい」に変えたその瞬間が、たくさんのルールに縛られて息苦しかったあなたの心に、最初の、ゆとりを生み出す。
自分で課したルールに縛られて、自分を責め続ける時代は、もう、終わりだ。


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