1. 「認められたい」が、あなたの行動の基準になっていないか
何かを投稿したあと、反応の数が、気になって、何度も確認してしまう。
褒められると、嬉しくて、認められなかった日は、自分に価値がない気がする。
何かを始めるとき、「これをやったら、すごいと思われるか」を、つい、考えてしまう。
服を選ぶときも、仕事を選ぶときも、頭のどこかに「人に、どう見られるか」が、ある。
ここで、一度、自分に、問うてほしい。
あなたが何かを決めるとき、その基準は、「自分がやりたいか」だろうか。
それとも、「人に、認められるか」に、なっていないだろうか。
あなたの苦しさの正体は、自分の人生の基準が、いつのまにか「他人に認められるかどうか」に、なっていることだ。
認められたい、という気持ちは、誰にでも、ある。それ自体は、自然なことだ。
だが、その気持ちが、行動の基準にまでなると、あなたは、自分の人生を、他人の評価に、明け渡すことになる。
認められれば、満たされる。認められなければ、落ち込む。
その繰り返しの中で、あなたの心は、他人の反応に、振り回され続ける。
▼ 今すぐ、できる確認
□ 最近、自分が何かを決めた場面を、一つ思い出す
□ その決め手が「自分がやりたいから」か「人に認められたいから」かを、確かめる
後者が多いほど、人生の基準が、他人に移っている。
2. 認められようとするほど、あなたは「本当の自分」から遠ざかる
では、なぜ、認められようとすることが、これほど、人を苦しめるのか。
理由は、二つ、ある。
一つ目。認められる自分を演じ続けると、本当の自分が、分からなくなるからだ。
人に認められる選択を、重ねていく。
すごいと思われる仕事を選び、褒められる振る舞いをし、評価される自分を、演じる。
それを続けるうちに、ふと、分からなくなる。「自分は、本当は、何がしたいのか」と。
他人に認められるための選択ばかりしていると、自分が本当にやりたいことが、だんだん、見えなくなる。
認められたくて、頑張っているのに、頑張るほど、本当の自分から、遠ざかっていく。
二つ目。他人の評価は、自分では、決められないからだ。
あなたが、どれだけ努力しても、相手が、どう評価するかは、相手次第だ。
あなたには、コントロールできない。
自分でコントロールできないものを、行動の基準にすれば、当然、振り回される。
評価されるかどうかは、相手の気分や、その日の状況で、変わる。
その不確かなものに、自分の心を預けている限り、心が安らぐことは、ない。
▼ 今すぐ、できる問い直し
□ 「自分が、本当にやりたいこと」を、一つ思い浮かべようとする
□ それが、すぐ出てくるか、それとも「人にどう見られるか」が先に浮かぶかを、確かめる
本当の望みが見えにくいなら、認められる選択を、重ねすぎたのかもしれない。
3. 佐藤健一が、承認欲求を引き算するための、三つの作法
ここから、私、佐藤健一が、認められたい気持ちに振り回されないために、実際にやっていることを、開示する。
人との関わりを、断つ話では、ない。
他人の評価を、行動の基準から、外していくための、具体的な作法だ。
一、決める前に「自分がやりたいか、認められたいからか」を切り分ける
何かを決めるとき、私は、その動機を、一度、切り分ける。
「これは、自分が本当にやりたいことか? それとも、人に認められたいから、やろうとしているのか?」
「認められたいから」だけが動機なら、一度、立ち止まる。
そのために使う時間と労力が、本当に、自分のためになるのかを、考え直す。
動機を切り分けるだけで、他人の評価のためだけに動く行動が、はっきりと、見えてくる。
二、反応の数を、行動の目的にしない
何かを発信したり、作ったりするとき、反応の数を、目的にしないようにしている。
反応の数を目的にすると、数が多ければ満たされ、少なければ落ち込む。
自分の心が、その数字に、支配される。
だから、反応の数ではなく、「自分が、これを良いと思えるか」を、目的にする。
他人の反応は、後からついてくる、おまけのようなものだと、考える。
三、自分で自分を認める基準を、一つだけ持つ
他人に認められることを基準にするのを、やめる。
その代わりに、自分で自分を認める基準を、一つだけ、持っておく。
たとえば、「今日、自分で決めたことを、一つ、やれたか」。
これなら、他人の評価に関係なく、自分で、自分を認められる。
他人にゆだねていた「認める」という役割を、自分の手に、取り戻す。
自分を認める基準を、自分の中に持つと、他人の評価に、振り回されなくなる。
▼ 今日、できる実践
□ ① 何かを決める前に「やりたいからか、認められたいからか」を、切り分ける
□ ② 発信や作ることの目的を、反応の数ではなく「自分が良いと思えるか」にする
□ ③ 自分で自分を認める基準を、一つだけ、決めておく
4. 承認欲求を手放すことは、人とのつながりを断つことではない。他人を行動の基準にするのをやめることだ
ここで、はっきりと、誤解を、解いておきたい。
承認欲求を引き算する、と聞くと、こう思うかもしれない。
「人の評価なんて、一切気にせず、誰とも関わらず、孤立して生きろ、ということか」と。
違う。まったく、逆だ。
この媒体で繰り返し伝えてきたことを、もう一度、書く。
引き算とは、大切なものまで、捨てることでは、ない。承認欲求を引き算するとは、人とのつながりではなく、他人に認められることを、行動の基準にする気持ちを、手放すことだ。
人と関わる喜びや、誰かに感謝される嬉しさ。これは、手放さなくていい。
人に「ありがとう」と言われて嬉しいのは、自然なことだ。それは、大切にすればいい。
引き算するのは、そこではない。
削るのは、「認められること」が目的になって、自分の人生の基準を、他人に明け渡してしまう、その部分だ。
人とのつながりは、残す。他人を行動の基準にするのは、やめる。
この二つを、はっきり、分ける。
他人の評価のために動くのをやめるからこそ、人との関わりを、見返りなく、純粋に、楽しめるようになる。
▼ 今、できる問い直し
□ 自分が、人との関わりそのものを楽しんでいるか、認められるために関わっているかを、考える
□ 認められるためだけの関わりが、自分を疲れさせていないかを、確かめる
5. 結論:他人に認められなくても、あなたの価値は、変わらない
最後に、ひとつ、覚えておいてほしい。
あなたの価値は、他人が認めるかどうかで、決まるものでは、ない。
誰に認められなくても、あなたの価値は、もともとあり、変わることはない。それを、他人の評価に、測らせるのをやめるだけだ。
- 苦しさの正体は、行動の基準が「認められるか」になっていることだ
- 認められようとするほど、本当の自分から遠ざかり、評価に振り回される
- 引き算するのは、つながりではなく、他人を行動の基準にする気持ちだ
あなたに必要なのは、もっと認められることでも、もっとすごくなることでも、ない。
ただ、自分の人生の基準を、他人の手から、自分の手に、取り戻すことだ。
──最後に、ひとつだけ、約束してほしい。
今度、何かを決めるとき。
その前に、一度だけ、こう、問うてほしい。
「これは、自分がやりたいことか。それとも、認められたいから、やろうとしているのか」
そう、自分に問うて、「やりたいから」やれることを、一つ、選んでほしい。
認められたいからではなく、自分がやりたいから選んだその一つが、他人の評価に振り回され続けてきたあなたに、自分の人生の基準を、取り戻させてくれる。
他人に認められることを基準に、自分の人生を明け渡し続ける時代は、もう、終わりだ。


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