1. 「よく見せたい」が、あなたの生活を、少しずつ重くしている
本当は、手が届かないのに、まわりに合わせて、高いものを買う。
本当は、知らないのに、その場で、知ったふりをする。
本当は、できないのに、できるふりをして、引き受けてしまう。
そのときは、なんとか、その場を、しのげる。
だが、後になって、なぜか、どっと、疲れている。
ここで、その疲れの正体を、はっきりさせておきたい。
見栄とは、実際の自分より、自分を、大きく見せようとすることだ。
そして、実際の自分と、大きく見せた自分。
この二つの間に空いた差を、埋め続けることが、あなたの生活を、少しずつ、重くしている。
高く見せれば、その水準を、保たなければならない。
知ったふりをすれば、ばれないように、取り繕い続けなければならない。
背伸びした分だけ、それを維持する負担が、あなたに、のしかかってくる。
見栄は、張ったその瞬間は、気持ちがいい。
だが、その後に、ずっと続く重さのほうが、ずっと大きい。
▼ 今すぐ、できる確認
□ 最近、自分を実際より大きく見せた場面を、一つ思い出す
□ その後、それを取り繕うために、負担を感じなかったかを、確かめる
見栄の後には、たいてい、それを保つ重さが、残っている。
2. 見栄を張るほど、あなたは「等身大の自分」で居られなくなる
見栄の、いちばんやっかいなところは、一度張ると、終わらないことだ。
大きく見せた自分は、一度見せたら、その後も、維持しなければならない。
できるふりをすれば、次も、できるふりを、続けなければならない。
一つの見栄は、それを保つための、次の見栄を、呼ぶ。
こうして、あなたは、背伸びした自分を、ずっと、演じ続けることになる。
そして、演じ続けるうちに、だんだん、苦しくなる。
なぜなら、大きく見せた自分と、本当の自分との差を、いつも、抱えていなければならないからだ。
等身大の自分で、いられなくなる。
ありのままの自分を見せたら、がっかりされるのではないか、と怖くなる。
だから、ますます、見栄を、手放せなくなる。
以前、認められたい気持ちを引き算する話を、書いた。
見栄も、その根は、同じだ。だが見栄は、もっと具体的な場面で、自分を取り繕う形をとる。
その場その場の取り繕いが、積み重なって、本当の自分を、見えなくしていく。
▼ 今すぐ、できる問い直し
□ 自分が、まわりに見せている姿と、本当の自分との間に、差がないかを、考える
□ その差を保つために、いつも気を張っていないかを、確かめる
以前、認められたい気持ちを引き算する話を、書いた。
→ 認められようとするな。──承認欲求を引き算する、自分を取り戻す考え方
見栄も、その根は、同じだ。だが見栄は、もっと具体的な場面で、自分を取り繕う形をとる。
3. 佐藤健一が、見栄を引き算するための、三つの作法
ここから、私、佐藤健一が、見栄を手放すために、実際にやっていることを、開示する。
自分を、わざと低く見せる話では、ない。
実際以上に大きく見せるのを、やめるための、具体的な作法だ。
一、知らないことは「知らない」と言う
知らない話題が出たとき、私は、知ったふりを、しない。
「それは、知らないので、教えてほしい」と、正直に言う。
知ったふりをすると、その後、話を合わせ続ける負担が、生まれる。
だが、「知らない」と言ってしまえば、その負担は、消える。
むしろ、素直に聞ける人のほうが、相手から、信頼される。
二、できないことは「できない」と認める
できないことを、できるふりして引き受けると、後で、自分が苦しくなる。
だから私は、できないことは、「それは、できない」と、正直に認める。
できないことを認めるのは、恥では、ない。
できないのに、できるふりをして、後で迷惑をかけるほうが、ずっと、問題だ。
できる、できないを正直に言える人のほうが、結局、まわりから、頼りにされる。
三、持ち物や肩書きで、自分を大きく見せるのをやめる
高いものや、立派な肩書きで、自分を大きく見せようとするのを、やめる。
それらは、あなた自身の価値では、なく、ただの、飾りだからだ。
飾りで大きく見せた自分は、その飾りがなくなった瞬間に、崩れる。
だが、飾りに頼らない、等身大の自分は、何があっても、崩れない。
背伸びして手に入れた飾りより、ありのままの自分のほうが、ずっと、安定している。
▼ 今日、できる実践
□ ① 知らないことが出たら「知らない」と、正直に言う
□ ② できないことは「できない」と、認める
□ ③ 持ち物や肩書きで、自分を大きく見せようとするのを、やめる
4. 見栄を捨てることは、自分を低く見せることではない。等身大で立つことだ
ここで、はっきりと、誤解を、解いておきたい。
見栄を引き算する、と聞くと、こう思うかもしれない。
「自分を、わざと低く見せて、卑下して、向上心も捨てて生きろ、ということか」と。
違う。まったく、逆だ。
この媒体で繰り返し伝えてきたことを、もう一度、書く。
引き算とは、自分を、小さくすることでは、ない。見栄を引き算するとは、自分を低く見せることではなく、実際以上に大きく見せようとする気持ちを、手放すことだ。
等身大とは、自分を、低く見せることでは、ない。
大きくも、小さくもせず、ありのままの自分で、まっすぐ立つことだ。
向上心を、捨てる必要も、ない。
本当に成長したいなら、できないことを「できない」と認めるところから、始めればいい。
できるふりをしている限り、本当の成長は、始まらないからだ。
大きく見せるのを、やめる。だが、自分を、卑下もしない。
ただ、ありのままの自分で、立つ。
実際以上に見せようとする見栄を引き算するからこそ、あなたは、等身大の自分で、楽に、呼吸できるようになる。
▼ 今、できる問い直し
□ 自分の見栄が、大きく見せようとするものか、それとも、ただの正直さかを、見分ける
□ 大きく見せようとする部分だけを、手放せないかを、考える
5. 結論:等身大の自分は、軽い。背伸びをやめた分だけ、楽に立てる
最後に、ひとつ、覚えておいてほしい。
実際以上に大きく見せた自分は、その差を保つために、いつも、重い。
だが、等身大の自分は、軽い。背伸びをやめた分だけ、あなたは、楽に立てるようになる。
- 見栄とは、実際の自分より大きく見せようとすることだ
- 見栄を張るほど、その差を保つために、等身大で居られなくなる
- 引き算するのは自分の価値ではなく、大きく見せようとする気持ちだ
あなたに必要なのは、もっと立派に見せることでも、自分を卑下することでも、ない。
ただ、実際以上に大きく見せようとする見栄を、手放すことだ。
──最後に、ひとつだけ、約束してほしい。
今日、誰かと話すなかで、知らないことが出てきたら。
知ったふりをせずに、一度だけ、こう、正直に言ってみてほしい。
「それは、知らないので、教えてほしい」
そう、見栄を張らずに、正直に、言ってみてほしい。
知ったふりを一つ手放して、正直に言えたその身軽さが、大きく見せた自分を保つために気を張り続けてきたあなたを、見栄の重さから、解き放ってくれる。
実際以上に自分を大きく見せて、その差を保つために気を張り続ける時代は、もう、終わりだ。


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