1. 「自分が正しい」と証明したくなった瞬間、あなたは消耗を始めている
誰かが、間違ったことを、言っている。
自分とは、違う意見を、主張している。
その瞬間、あなたの中に、ある気持ちが、湧いてくる。
「それは、違う」と、正したくなる。
「自分のほうが、正しい」と、証明したくなる。
どうでもいい雑談で、つい、反論する。
画面の向こうの、顔も知らない人の意見に、言い返したくなる。
そして、相手が引き下がるまで、議論を、やめられなくなる。
ここで、はっきりさせておきたいことがある。
「自分が正しい」と証明したくなった、その瞬間から、あなたは、消耗を始めている。
正しさを証明しようとすると、心は、戦闘の状態に入る。
相手の言葉に、いちいち、腹を立て、言い返す言葉を、探し続ける。
そして、たちが悪いことに、この戦いは、勝っても負けても、あなたの心を、すり減らす。
負ければ、悔しさが残る。勝っても、後味の悪さと、疲れだけが残る。
▼ 今すぐ、できる確認
□ 最近「自分のほうが正しい」と、誰かに反論したくなった場面を、一つ思い出す
□ その議論に時間を使ったあと、心が、軽くなったか、すり減ったかを、考える
ほとんどの場合、得たものより、すり減ったもののほうが、大きい。
2. 「正しさ」を証明しても、手に入るものは、ほとんどない
少し、冷静に、考えてみてほしい。
仮に、議論に勝って、相手を、完全に言い負かしたとする。
そのとき、あなたの手元には、何が、残るだろうか。
相手は、心の中に、しこりを残す。
あなたには、勝ったという、つかの間の満足と、長く続く疲労が残る。
得られるものは、その程度だ。
そして、もっと大切な事実がある。論破された相手は、まず、考えを変えない。
人は、正論で言い負かされても、「なるほど、あなたが正しい」とは、ならない。
むしろ、面目をつぶされて、意固地になる。心の中で、ますます、自分の意見に、しがみつく。
つまり、あなたが必死に正しさを証明しても、相手の考えは、変わらない。
変わらないどころか、関係だけが、悪くなる。そして、自分は、疲れ果てる。
正しさを証明することの見返りは、たいていの場面で、その消耗に、まったく見合わない。
勝っても、何も、手に入らない戦いに、あなたは、自分の貴重な時間と心を、注いでいるのだ。
▼ 今すぐ、できる問い直し
□ 過去に、議論で誰かを言い負かした場面を、一つ思い出す
□ そのあと、相手が考えを変えたか、それとも関係がぎくしゃくしただけかを、確かめる
たいていは、相手は変わらず、間に、しこりだけが残っている。
3. 佐藤健一が、「正しさ」へのこだわりを引き算するための、三つの作法
ここから、私、佐藤健一が、正しさへのこだわりを手放すために、実際にやっていることを、開示する。
何でも、相手に譲って、言いなりになる話では、ない。
消耗するだけの、勝ち負けから、降りるための、具体的な作法だ。
一、反論したくなったら「これは、勝つ価値のある話か」と問う
反論したい気持ちが、湧いてきたとき、私は、口を開く前に、一度、こう問う。
「これは、わざわざ勝ちにいく価値のある話か? それとも、流していい話か?」
世の中の議論の、ほとんどは、勝っても何も残らない、どうでもいい話だ。
その場の雑談、好みの違い、知らない人の意見。これらは、勝つ価値が、ない。
勝つ価値のない話だと気づいたら、そこで、降りる。
反論せず、「そういう考えもありますね」と、流す。それで、十分だ。
二、相手を変えようとするのを、やめる
正しさを証明したくなるのは、相手の考えを、自分の正しさに、合わせさせたいからだ。
だが、相手の考えは、相手のものだ。あなたが、変えられるものでは、ない。
相手が、どう考えるか。それは、相手にゆだねる。
自分とは違う意見を持つ相手を、無理に、自分と同じにしようと、しない。
相手を変えようとするのをやめると、不思議と、相手の意見が、気にならなくなる。
「この人は、こう考える。自分は、こう考える。それでいい」と、思えるようになる。
三、「正しさ」より「穏やかでいること」を、先に選んでおく
反論したくなる場面が来る前に、私は、あらかじめ、決めておく。
「自分は、正しさを証明することより、穏やかでいることを、選ぶ」と。
この順番を、先に決めておくと、いざ反論したくなったときに、ぶれない。
「ここで勝つことより、自分が穏やかでいるほうが、大事だ」と、思い出せる。
正しさは、証明できなくても、困らない。
だが、穏やかな心は、一度すり減らすと、戻すのに、時間がかかる。どちらを守るべきかは、明らかだ。
▼ 今日、できる実践
□ ① 反論したくなったら「これは、勝つ価値のある話か」と、一度問う
□ ② 相手の考えを、無理に変えようとするのを、やめる
□ ③ 「正しさ」より「穏やかでいること」を選ぶと、先に決めておく
4. 正しさを手放すことは、信念を捨てることではない。どうでもいい勝ち負けから降りることだ
ここで、はっきりと、誤解を、解いておきたい。
正しさへのこだわりを引き算する、と聞くと、こう思うかもしれない。
「自分の信念を捨てて、何でも相手に譲って、長いものに巻かれろ、ということか」と。
違う。まったく、逆だ。
この媒体で繰り返し伝えてきたことを、もう一度、書く。
引き算とは、大切なものまで、捨てることでは、ない。正しさを引き算するとは、本当に大切な信念ではなく、どうでもいい場面で勝とうとする気持ちを、手放すことだ。
あなたが、本当に大切にしている信念。
譲ってはいけない、自分の核となる価値観。これは、手放してはいけない。むしろ、しっかり、守るべきだ。
引き算するのは、そこではない。
削るのは、勝っても何も残らない、どうでもいい場面で、それでも勝とうとしてしまう、消耗するだけのこだわりだ。
大切な信念は、守る。どうでもいい勝ち負けからは、降りる。
この二つを、はっきり、分ける。
すべての議論に勝とうとするのをやめるからこそ、本当に大切な場面で、落ち着いて、自分の信念を、語れるようになる。
▼ 今、できる問い直し
□ 自分が、つい勝ちにいってしまう議論を、思い浮かべる
□ それが、本当に大切な信念か、それとも、ただの勝ち負けへのこだわりかを、見分ける
5. 結論:正しさを証明して得る勝利より、穏やかでいられる心のほうが、ずっと価値がある
最後に、ひとつ、覚えておいてほしい。
どうでもいい議論に勝って得られるものは、つかの間の満足と、長く続く疲労だけだ。
正しさを証明して得る勝利よりも、その勝負から降りて守れる、穏やかな心のほうが、ずっと価値がある。
- 正しさを証明しようとした瞬間から、心はすり減り始める
- 論破しても相手は考えを変えず、関係が悪くなるだけだ
- 引き算するのは信念ではなく、どうでもいい勝ち負けへのこだわりだ
あなたを消耗させているのは、間違った相手でも、かみ合わない意見でも、ない。
そのすべてに、勝とうとしている、あなた自身のこだわりだ。
──最後に、ひとつだけ、約束してほしい。
今度、誰かに反論したくなったら。
言い返す前に、一度だけ、こう、問うてほしい。
「これは、わざわざ勝ちにいく価値のある話か。それとも、流していい話か」
そう、心の中で問うて、流していい話なら、そっと、降りてほしい。
勝ち負けから降りたその一回が、すべての議論に勝とうとして、すり減り続けてきたあなたの心に、穏やかさを取り戻させてくれる。
どうでもいい正しさを証明するために、自分の心をすり減らし続ける時代は、もう、終わりだ。


コメント